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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)53号 判決

原告ら主張の審決取消事由の有無について検討する。

1 第一引用例について

成立に争いのない甲第三号証によると、第一引用例のものは、名称を「ビタミン強化氷砂糖の製造方法」とする発明であり、その発明の詳細な説明の項には、「本発明は、ビタミンB、ビタミンC等の水溶性ビタミンを附加して、その栄養価を著しく大なるものとしたビタミン強化氷砂糖の製造方法に関するもの」であるとしたうえ、その製法として、「蔗糖溶液に微量の色素を添加するか又は添加することなく濃度七三~七四ブリツクスにまで加熱濃縮する第一工程と、次に冷却後、適量の水溶性ビタミンを混和溶解する第二工程と、次に該蔗糖溶液の適量を氷砂糖に混和せしめる第三工程と、後これを乾燥せしめる第四工程との結合よりなる。」との記載があり、特許請求の範囲の項にも、これと全く同趣旨の記載があることが認められ、これらの記載をはじめ、同引用例における右の四つの工程の具体的な説明や実施例に関する記載を併せ検討すると、引用例に記載の技術は、蔗糖溶液を、別に存在する氷砂糖(結晶物)の表面に付着、乾燥させる技術であつて、氷砂糖の結晶内部に色素又はビタミンを収蔵させることを内容とするものではないと解される。

もつとも、前掲甲第三号証によると、第一引用例には、前記の第三工程に関し、「第二工程を経たものの適量を第三工程において氷砂糖に混和するときは、氷砂糖の外表面に対し、水溶性ビタミンを均斉に溶存せる蔗糖の擬結晶群が容易に均一に被着された状態のものとなる。」との記載、同第四工程に関し、「前工程において被着せられた蔗糖の擬結晶群は、殆んど脱落をみることなく短時間に容易に乾燥せられて、ここに製品となる。」との記載及び製品に関し、「ここに得られる製品は、氷砂糖の結晶の外表面に対し、水溶性ビタミンを均斉に包蔵した蔗糖の擬結晶群が均一かつ堅固に被着した乾燥物である」との記載があり、第一引用例中には、氷砂糖に塗布するために生成される物質が「擬結晶」又は「擬結晶群」と表現され、あたかもこれが結晶体であるかのように読みとれる記載があるが、「擬結晶」なる語が意味内容の明確な学術用語とは認め難いところ、第一引用例中には、その意味について定義的な説明もなく(特許法施行規則様式第16備考7、8参照)、また、これを生成するために育晶工程を経ることを示す記述もないことなどからすると、右の「擬結晶」が、色素やビタミンを包蔵した蔗糖の結晶体であるとはにわかに断定することができない。

しかし、当事者間に争いのない請求の原因三の項からも明らかなとおり、審決は、要するに、「糖度(ブリツクス)七二度~七五度の氷糖原液に、適当量の種糖粒子を投入し、五五度C付近に一〇日前後保持することにより、結晶を生長させ、氷糖を製造するという従来周知の技術を背景にして、第一引用例及び第二引用例の指摘部分である二つの公知技術を総合すれば、カラメルを着色剤とした本願発明に係る氷糖の製造方法は、当業者が容易に発明をすることができる。」というのである。そして、審決が第一引用例から引用した技術は、前記四つの工程のうち第一番目の工程に係る部分、すなわち、「蔗糖溶液に微量の色素を添加して糖度七三~七四度にまで加熱濃縮する」との点のみであつて、このような色素を含有した糖度七三~七四度の蔗糖溶液が安定な状態で存在することを示すために、第一引用例の右該当部分のみを引用したものと解するに十分であり、その発明全体を引用したものではない。ところで、第一引用例のものについて既に検討したところからも明らかなとおり、審決が引用した部分については、認定上の誤りがない。

そうしてみると、第一引用例に記載された発明の全体を本願発明と対比し、両者の相違点をもつて審決を論難する原告らの主張は、審決の趣旨を正しく解しないことに出ずるものであり、採用することができない。

また、審決は、第二引用例についても、これに記載された技術内容の全体を引用したものではなく、そのうちから、カラメル溶液で砂糖結晶を着色し適当な色相を付与する技術を引用したものであることが明らかであるところ、成立に争いのない甲第四号証によると、第二引用例に右の記載があることが認められるから、審決のこの点についての認定にも誤りはない。

2 本願発明の進歩性について

(一) 本願発明は、氷糖の結晶内にカラメルを含有せしめるものであるから、氷糖中に、色素特にカラメルを包蔵させる技術に関し、まず、考究する。

成立に争いのない乙第一号証の一、二によれば、同号証は、昭和三四年七月一〇日株式会社技報堂発行の書籍「有機化学ハンドブツク」の一部であり、その六一五頁には、再結晶に関する記載として、「多くの場合、再結晶する前の粗製品中には微量の着色した不純物がまじつている。こういう不純物は、多くは高分子の樹脂状物質で、溶媒の中にコロイド的に分散し、溶液を熱ろ過しただけでは完全には除けず、一部は、ろ層を通してろ液の方に抜けてしまい、冷えて析出した結晶にまた吸着されるので、単に再結晶しただけでは、完全に脱色することができない。これを除くには、活性炭その他適当な吸着剤を用いるとよい。」との記載があり、また、成立に争いのない乙第二号証の一、二によれば、同号証は、昭和四一年一二月二〇日株式会社光琳書院発行の書籍「甘蔗糖製造法」(著者山根嶽雄)の一部であり、その第三三五頁には、「蔗糖結晶の特殊性質」と題し、蔗糖結晶が圧電気を生ずるとき軸の両端で荷電が異なるなどの記述に続いて、「蔗糖結晶が過飽和溶液から結晶して出るときにも奇妙な性質を示す。すなわち、カラメル、コンゴーレツド、ウオターブルー、メチルウオターブルーをそれぞれ含有する蔗糖の過飽和溶液から晶出するとき、蔗糖は、その左極にこれらの色素を選択的に吸着して、図……に示すような吸着極が生ずる。」との記載があり、これに蔗糖の結晶とその吸着極を示す図が併記されていることが認められる。

そして、乙第一号証の一に記載の右事項は、化学操作や化学実験での再結晶に関する基礎知識であつて、技術常識の域を出でないものであり、また、乙第二号証の一に記載の右事項も、本願発明の出願より三年余前に出版された本願発明のそれと同一の技術分野における一般的著作物中の記事であることにかんがみれば、少なくとも本願発明の出願当時において、蔗糖製造の技術分野では周知の技術とされていたものというに妨げがない。したがつて、右乙号各証は、審決がその判断をするに当り周知の技術的事項として判断の前提となつていたところを、明らかにするにとどまるものというべきである。

(二) ところで、右の乙号各証、とりわけ乙第二号証の一にみられる前記周知の技術的事項を念頭において、第一引用例における蔗糖溶液に微量の色素を添加して糖度(ブリツクス)七三~七四度にまで加熱濃縮する技術、第二引用例におけるカラメル溶液で砂糖結晶を着色し適当な色相を付与する技術に、参照例(「総合食品事典」の「氷砂糖」の項)に記載の氷砂糖を製造する従来周知の技術を総合すれば、カラメルを用いた本願発明に係る氷糖の製造方法は容易に想到しうるとした審決の判断は、これを是認することができる。

(三) 原告らは、乙号各証における結晶中に不純物ないし色素が吸着されうるとの記載事項に基いては、結晶中にカラメルを多量かつ均一に取り入れようとすることに容易に想到することはできない旨主張する。

なるほど、乙第一号証の一の記載事項は、前記のとおり、再結晶に関するものであるから、直接には純粋な物質を得ようとする技術というべきであろう。しかし、そこには、不純物を結晶中にとり込み易い高分子物質の存在することが示されており、また、乙第二号証の一には、前記のとおり、蔗糖結晶の性質として、カラメルやコンゴーレツドのような色素を含有する蔗糖溶液から結晶を晶出するときには、これらの色素が結晶中に吸着されることが、記載されているので、このような技術を背景として、蔗糖結晶の着色を意図するときには、その所望の着色度に応ずる色素を混入することは極めて自然であり(カラメル混入量の臨界値等について、本願発明の明細書には、特段の説明がない。)、また、乙第二号証の一における前記の記載事項よりすれば、一定量のカラメルを蔗糖溶液に均等に混入すれば、この溶液に育晶工程を遂行する限り、蔗糖結晶内にカラメルが均等に収蔵されるであろうと考えることもまた極めて自然であり、このように考えることを妨げる特段の事情は見当らない。そうすると、この点に関する原告らの主張も採用できない。

次に、原告らは、氷糖の製造技術は極めてデリケートであるから、糖度及び温度等の条件は少しの差異及び組合せのいかんが結果に大きな影響を与えるものであるところ、本願発明は、その最適の条件を見出したものである旨主張する。

しかし、本願発明は、参照例に示された氷糖の製造条件とは、カラメルの使用の点を除いて同一であり、本願発明の明細書を検討しても、カラメルを使用したことにより、右のような氷糖の製造条件に影響を与えることを窺わせる記載はなく、また、カラメルの使用が氷糖の製造条件に多大の影響を与えるものと解すべき特段の技術的理由も見出し難い。したがつて、原告らの右の主張も採用できない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告らの本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

本願発明の要旨

糖度(ブリツクス)七二度~七五度の氷糖原液にカラメルを重量比〇・一%~〇・二%程混入し蒸発式窯に入れ、適当量の種糖粒子を投入五五度C付近に加熱を保ち、一〇日前後で結晶を生長せしめることを特徴とするコーヒーの色と香りを有する氷糖の製造方法。

審決の理由の要点

1 本願発明の要旨は前項に記載されたとおりである。

2 これに対し、特許出願公告昭三二―一〇七七号特許公報(昭和三〇年一二月八日特許出願、昭和三二年二月一五日出願公告。以下「第一引用例」という。)には、「ビタミン強化氷砂糖」を製造する第一工程において、「蔗糖溶液に微量の色素を添加して糖度七三~七四度にまで加熱濃縮する」ことが記載されており(一頁左欄二行~七行)、また、実用新案出願公告第一四七三九号実用新案公報(昭和四年九月一九日出願、同年一二月一七日出願公告。以下「第二引用例」という。)には、カラメル溶液で砂糖結晶を着色し、適当な色相を付与することが記載されている(「実用新案ノ性質、作用及効果ノ要領」の項の冒頭)。

3 ところで、第一引用例では、砂糖(蔗糖)溶液に色素を添加し加熱濃縮するというのであつて、ただ、そこでは、色素つまり着色剤が何であるかは具体的に示されていないが、第二引用例では、カラメルが砂糖の着色剤として使用されているのであるから、両引用例を併せみれば、着色された氷糖を得べく氷糖原液にカラメルを混入し、蒸発式窯(この中で溶液の濃縮が行われることは、技術常識上明らかである。)に入れて加熱することは、容易に想到できることである。この点について請求人は、第一引用例における対象物はビタミン強化氷糖(氷砂糖)であるというが、ビタミン強化氷糖といつても、それは氷糖が栄養的にビタミンで強化されているというだけであるから、本質的には氷糖にほかならず、このことは、前記の容易想到の判断を妨げない。

また、本願発明の他の製造条件である、糖度(ブリツクス)七二度~七五度の氷糖原液を用いること、適当量の種糖粒子を投入すること及び五五度C付近に加熱を保ち一〇日前後で結晶を生長させることは、いずれも、氷糖製造における普通の条件であり(桜井芳人編「総合食品事典」の「こうりざとう氷砂糖」の項(以下「参照例」という。(参照)、カラメル混入量については、前記のとおり、第一引用例には着色剤(色素)を微量添加するとあるから、この微量をどの程度にするかは、当然のことながら、氷糖に着色するという目的に照らし適宜合理的に決定されることであつて、これを微量の範囲内において重量比〇・一%~〇・二%程度とすることには格別発明が存しない。

本願発明で得られる氷糖は、コーヒーの色を有するものであるが、第二引用例に、カラメルで砂糖結晶を適当な色相に着色するとあることは、前記のとおりであり、カラメルがそれ自体黒褐色を呈する物質であることも周知であるから、カラメルを微量の範囲内において適宜加減して使用すれば、氷糖にコーヒーの色を付与できるであろうことは見易いところである。

次に、このように、カラメルで氷糖にコーヒーの色を付与すれば、同時にコーヒーの香りも付与されることは必然であり、このことは、本願発明においてコーヒーの香りを付与するのに、コーヒーの色を付与するのとは別の手段が格別に講じられた形跡がないことからも明らかである。

更に、本願発明の効果についてみると、明細書には、色と香りが砂糖結晶内に含有された形になつており、そのため破砕しても無着色面が現われず、また、香気が結晶内に封じ込められ長期間保存される旨の記載があるが、このような効果は、砂糖溶液にカラメルを添加して氷糖を製造すれば当然得られるものであるから、格別顕著なものではない。

4 以上のとおりであるから、本願発明は、第一引用例及び第二引用例の記載技術から、当業者が容易に発明できるものというべく、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

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